2012年04月29日

2人の女性と恋に落ちたイラク人男性が、どちらか1人を選ぶ代わりに2人と同時に結婚した。イスラム教は、平等に扱うかぎり、4人まで妻を持つことを認めている

2人の女性と恋に落ちたイラク人男性が、どちらか1人を選ぶ代わりに2人と同時に結婚した。

 イラク中部ティクリート(Tikrit)で農業を営む22歳のアブドル・ラーマン・オベイディさんは、いとこのインティダハールさん(17)とスアドさん(22)を同時に愛してしまった。オベイディさんが下した決断は、2人のいとこと同じ日に結婚することだった。

 その考えを両親に伝えたところ、両親も良い決断と背中を押してくれた。また、オベイディさんの兄のサルマンさんも、2人の女性たちの家族の説得に奔走し弟の夢の実現に一役買った。

 こうしてオベイディさんは6日、親戚からは反対の声もあったものの、自宅で2人のいとことの結婚式を挙げた。

 結婚式には、2人の花嫁の家族や親戚、友人らが出席。出席者は花嫁が2人いることに驚いてはいたものの新郎新婦らを祝福したという。 

「決断するまでひと月も、かからなかった。なぜって2人の家族ともぼくの親戚だし、ぼくは2人とも愛しているのだから」(オベイディさん)

 オベイディさんにとって、最大の難関は2人の女性を説得することだった。

 インティダハールさんは、オベイディさんからプロポーズされた時、「スアドも一緒に結婚する。それでもいいかな?」と尋ねられた。インティダハールさんは、2人を平等に扱ってくれるなら構わないと答えたという。

 オベイディさんと2人の花嫁の写真が掲載されたフェイスブック(Facebook)では意見が交錯。男性はオベイディさんを支持、女性は拒否感を示す声が多かった。

 イスラム教は、平等に扱うかぎり、4人まで妻を持つことを認めている。
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2012年04月26日

行政訴訟の控訴審でケンコーコムらが逆転勝訴--一般用医薬品のネット販売規制


薬のネット規制を否定 東京高裁が逆転判決

 改正薬事法施行に伴い多くの一般用医薬品(大衆薬)のインターネット販売を原則禁じた厚生労働省令は「営業の自由」を侵害し憲法違反だとして、ネット販売業者2社が省令の無効確認などを求めた訴訟の控訴審で東京高裁は26日、原告敗訴の一審判決を取り消し、販売を認める逆転判決を言い渡した。

 2010年3月の東京地裁判決は、ネット販売では購入者の状況や、副作用について正確に理解しているかなどの把握が難しいとして「対面販売と比べると健康被害を防ぐ効果が小さい」と指摘。「規制は合憲」と判断していた。
◆通販会社が逆転勝訴=医薬品ネット販売規制訴訟−東京高裁

 薬事法に基づく厚生労働省の改正省令による市販薬のインターネット販売規制は違法だとして、医薬品ネット販売会社「ケンコーコム」(東京都)と「ウェルネット」(横浜市)が国を相手に、省令の無効確認などを求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁(三輪和雄裁判長)は26日、訴えを退けた一審東京地裁判決を一部取り消し、ネット販売の権利を認めた。
 一審は、対面販売とネット販売を比較し、副作用被害を防ぎ安全を確保するための合理的規制であり、適法と判断していた
◆薬のネット規制を否定 大衆薬販売禁止の省令 東京高裁が逆転判決


 改正薬事法施行に伴い多くの一般用医薬品(大衆薬)のインターネット販売を原則禁じた厚生労働省令は「営業の自由」を侵害し憲法違反だとして、ネット販売業者2社が省令の無効確認などを求めた訴訟の控訴審で東京高裁は26日、原告敗訴の一審判決を取り消し、販売を認める逆転判決を言い渡した。

 2010年3月の東京地裁判決は、ネット販売では購入者の状況や、副作用について正確に理解しているかなどの把握が難しいとして「対面販売と比べると健康被害を防ぐ効果が小さい」と指摘。「規制は合憲」と判断していた。

 09年施行の改正法は大衆薬をリスクに応じて分類。省令ではビタミン剤などリスクの低い第3類を除き、毛髪薬など第1類と、風邪薬や解熱鎮痛薬、漢方薬、妊娠検査薬など第2類のネットなどでの販売を「危険がある」として禁じ、離島などの場合を除き対面販売を原則とした。

 無効確認を求めた「ケンコーコム」(東京都港区)と「ウェルネット」(横浜市)は(1)禁止事項などの説明はネット販売の方が正確(2)ネットでの不十分な情報提供が原因となった副作用被害はほとんどない―などとして「規制は不必要で不合理」と主張していた。

◆行政訴訟の控訴審でケンコーコムらが逆転勝訴--一般用医薬品のネット販売規制

 東京高等裁判所(東京高裁)は4月26日、ケンコーコムとウェルネットが起こした一般用医薬品のネット販売規制に関する行政訴訟で、原告の一般用医薬品のインターネット販売を認める判決を下した。

 2009年6月に施行された改正薬事法の「薬事法施行規則等の一部を改正する省令」により、一般医薬品のインターネット販売などが規制されている。今回の行政訴訟は、一般用医薬品のインターネット等での郵便販売を認め、省令の無効などの確認を求めて2社が起こしたもの。

 一審の東京地方裁判所では、副作用による健康被害を防ぐため、インターネット販売などの規制は合理的であるとして訴えは退けられていた。控訴審では、原告が第1類、第2類も含めた一般用医薬品のインターネット販売を行う権利が認められた。ただし、第1類、第2類のインターネット販売を禁止した省令の無効確認については認められなかった

◆医薬品ネット販売の権利認める 東京高裁が逆転判決

 医師の処方箋(せん)なしで買える一般用医薬品について、インターネット販売を原則禁止にしたのは過大な規制で憲法違反だとして、ネット販売業者2社が販売できる権利の確認などを求めた訴訟の控訴審判決が26日、東京高裁であった。三輪和雄裁判長は、業者側の請求を退けた一審・東京地裁判決を取り消し、権利を認める逆転判決を言い渡した。

 厚生労働省は2009年6月、一般用医薬品を副作用の危険性に応じて1〜3類に分け、危険性の高い1、2類には薬局など店舗内での対面販売を義務づけた。ネット販売は「安全性に問題がある」として、3類しか原則認めていないが、高裁判決によって見直しを迫られることになる。

 控訴していたのは「ケンコーコム」(東京都港区)と「ウェルネット」(横浜市)。
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2012年04月17日

アラブ首長国連邦出身のザーラ・ラリ17歳は、イスラム圏の女性が着用するスカーフ「ヒジャブ(hijab)」を着用してムスリムの戒律を守りながら初めてフィギュアスケーターとなる。



ルブアルハリ砂漠(Rub al Khali Desert)の砂丘から雪を頂いたイタリア北部ドロミテ(Dolomite)へ――。アラブ首長国連邦(UAE)出身のザーラ・ラリ(Zahra Lari)が、女子フィギュアスケートの歴史の1ページを作った。

■ムスリムの戒律を守りながらの演技

 17歳のラリは、イスラム圏の女性が着用するスカーフ「ヒジャブ(hijab)」を着用して初めて競技大会に出場した湾岸アラブ諸国出身のフィギュアスケーターとなった。

 50か国以上の選手が参加した大会に出場したラリは、AFPの取材に対し、「私の国の女性は元々あまりスポーツをやらないし、ましてやフィギュアスケートなんてやりません」と静かに話し出した。

 ムスリムの戒律に従った彼女の黒いヒジャブと地味な衣装は、オレンジのチュチュやピンクのタイツの衣装をまとう他国の選手の中で逆に目立っていた。衣装についてラリは、「私はヒジャブを巻き、イスラム教の伝統に沿った衣装で演技します」と説明している。

 「ほかの女の子たちはとても優しく、私のことを受け入れてくれていると思います。みんなオープンな子たちで、問題も起こっていません。見世物ではなく競技なので、父も出場を許可してくれています」

 ラリの母親で米国出身のロキヤ・コクラン(Roquiya Cochran)さんは、愛娘を大会に出場させるために、夫の説得に時間を要したことを明かしている。

 「夫を納得させなければなりませんでした。最初は娘が男性の観客の前で踊っているものとしてしか見れなかったようです。ただ、私と一緒に見学するようになると、彼女が氷上でどれほど美しいかに気付いてくれました。夫は娘のことを愛しているので、彼女が幸せであることを望んでいます。彼女は肌の露出もしていないし、イスラム教に反することはなにもしていません」

■フィギュアスケートとのは出会いは映画

 ラリがフィギュアスケートに憧れを抱いたきっかけとなったのは、11歳の時に観たウォルト・ディズニー・ ピクチャーズ(Walt Disney Pictures)の映画だった。

 「『アイス・プリンセス(Ice Princess)』は100回以上観ました。本当に大好きな映画です。これが私のやりたいことだと、自分に言い聞かせたんです」

 それから3年後、ラリはアブダビ(Abu Dhabi)のザイド・スポーツ・シティ(Zayed Sports City)でコーチのノエミ・ベド(Noemi Bedo)氏と出会い、夢への一歩を踏み出した。

 ベド氏は「通常、有望なスケーターは3歳から4歳の時にスケートを始めます。しかし、彼女には才能があり、力強く、他の人より高いジャンプを跳ぶことができる。(ラリの夢である)冬季五輪出場も不可能ではないと思います」と語った。

 イタリアのカナツェーイ(Canazei)で行われた競技大会は、国際スケート連盟(International Skating Union、ISU)が定めるグランプリの水準を満たしていない。ラリは2月に行われたISU世界ジュニア選手権(ISU World Junior Championships 2012)に出場していないが、15位という結果を残した。

 ラリは、「多くのことを学んだすばらしい経験になりました。ここ数年の練習の成果を出せることができて本当に嬉しいです。他の選手に比べ競技経験は少ないかもしれないけど、自分らしく滑れたし、大会への出場が楽しみになりました」と語っている。

■夢は五輪出場、イスラム圏女性のスポーツ界への進出

「ソチ冬季五輪出場を目指して、100パーセントの力を出したいと思います。それでだめだったとしても、2018年の冬季五輪出場を目指して挑戦を続けます」

 ラリの夢への決意は固く、週6日間は朝4時半に起床し、通学しているインターナショナル・スクールの授業が始まる直前まで練習に励んでいる。

「午前7時半までリンクで練習し、学校が終わる16時からさらに1時間半の練習を行っています。練習が大好きだし、夢を叶えたいから難しいことではありません」

 ラリは、「同じ国や周辺国の女の子たちに夢に対する希望と自信を与えたいと思っています。そしてフィギュアスケートに限らず、女性がスポーツをすることをもっと認めてもらえるきっかけになって欲しいです」と語った
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2012年04月09日

大阪府は7日までに、今後5年間で自殺者数を1997年以前の水準(1500人以下)にする目標を定めた「大阪府自殺対策基本指針」を策定

大阪府が自殺対策指針策定 年間1500人以下に
 大阪府は7日までに、今後5年間で自殺者数を1997年以前の水準(1500人以下)にする目標を定めた「大阪府自殺対策基本指針」を策定した。自殺者数が全国的に急増した1998年以降、府内の自殺者数も毎年ほぼ2千人を超える現状を問題視し、相談窓口の強化など人材育成を進める。

 自殺の要因は「複合的かつ多様」とされるが、全国の自殺者数が前年比35%増の3万1755人に上った98年は完全失業率が4%を超えるなど不況感が顕在化。「バブル崩壊後の景気後退局面の中で職業を持つ人々、とりわけ中高年男性の自殺者の増加が大きな割合を占めている」との専門機関の報告もあり、追い詰められた人々の相談機会の充実などが求められている。

 大阪府が策定した指針は、98年以降、全国の自殺者数が毎年3万人超の高止まり状況を踏まえて政府が2007年6月に閣議決定した「自殺総合対策大綱」に基づくもので、自殺の危険性が高い人の早期発見・対応につなげるため、医師、教職員、精神保健医療福祉職員、介護関係者、薬剤師、民生・児童委員の研修などに取り組む。

 府は自殺防止対策の単独事業として24年度は前年度比20%増の183万6千円を予算化し、普及啓発も徹底する。

 指針の策定過程で寄せられた府民の意見に対し、府は「学校においては…命の大切さについて考えるとともに自分を見つめ、自らの生き方について考える取り組みを進める」とも答え、自殺対策をめぐって“生きる目的”の教育にも主眼を置いている。

 府によると、10年の自殺者数2096人は東京都に次いで全国2番目の多さ。人口10万人に対する自殺者数(自殺死亡率)は24・1で、全国平均の23・4を上回っている。
★「自殺」の概念

自殺には類義語として以下のものがあるが、新聞・テレビ等の報道メディアにおいては主に自殺が使用される。
1.自害、自決、自尽、自裁、自死 - 手法によらない。自死には、その行為を反社会的行為だと責めないニュアンスがある
2.首吊り、飛び降り、飛び込み、割腹、焼身、入水、服毒 - 手法による
3.身投げ、自刃、切腹 - 手法による
4.殉死、心中 - 目的や同伴者の有無による

このうち、2. は単語の後ろに「自殺」を付けることもある。

自殺の違法性

現在の日本において、自殺は法的には犯罪とはされていない。しかし、飛び込み自殺などにより、第三者に被害が発生した場合には、刑事手続上は重過失致死などの罪により自殺した者は被疑者死亡で送検され、民事上は自殺した者の遺族に対して損害賠償責任が発生する可能性がある。また、他人を自殺させること、自殺を援助することは自殺関与罪(刑法第202条)の犯罪とされる。

尚、単独の自殺未遂は現在の日本の刑法では刑罰に科せられることはないが、複数で行った場合は相互に処罰される(自殺関与・同意殺人罪)。ガス自殺など他者に危険を及ぼした場合は被害がなくても未遂も処罰され得る。

アメリカ合衆国で自殺を罪と定めている州はアラバマ州とオクラホマ州だけであるが、実際に犯した人を処罰するのは現実的には不可能なことなので罰則はない。いくつかの州では自殺未遂も軽犯罪法に触れるが実際に罰を受けることは滅多にない。30の州においては自殺ないし自殺未遂はいかなる罪にも問われていない。しかし、全ての州で一致している点があり、自殺を唆したり勧める行為は例外なく重い罪に問われる。 なお、自殺を「加害者と被害者が同一人物である殺人」と理解される場合、自殺は「犯罪」であるという法的根拠と成る。

オランダにおいては、2000年に安楽死が合法化された。ただし、死期が近く、堪え難い肉体的苦痛があり、治療の方法がない等の厳格な要件が付与されている。

関連概念との比較

殺人

警察の捜査で自殺と断定された事件が事故または殺人事件ではないかと疑われる例は以前から存在しており、徳島自衛官変死事件のように遺族とのトラブルや訴訟となった例もある。また、逆に自殺であるにもかかわらず、警察や遺族によって事故とされている場合も存在するのではないかと言われる。

なお、日本国内の自殺を取り扱った統計である「自殺の概要」(警察庁)では、解剖による鑑定後、自殺と判定された案件において、実際に遺書が残されている件は、半数以下である。

安楽死・尊厳死


末期のがんや病気などで多大な苦痛を伴い死が目前と差し迫っている患者は、アメリカ、オランダ、スイスなどの国々では薬物投与などにより苦痛を伴なわずに死を選択する事が出来る安楽死が法律で認められている。

尊厳死は無用な延命治療を拒み、患者の尊厳が損なわれるのを避けるという理念であり、1994年には日本学術会議は、尊厳死容認のために、
1.医学的にみて、患者が回復不能の状態に陥っていること。
2.意思能力のある状態で、患者が尊厳死の希望を明らかにしているか、患者の意思を確認できない場合、近親者など信頼しうる人の証言に基づくこと。
3.延命医療中止は、担当医が行うこと。

以上の3つを条件としてあげている。

病院内の自殺

米国の独立系・非営利組織の医療施設評価認証機構である「ジョイント・コミッション」の医療事故報告制度の中では、病院内での重大な医療事故の最多のものは、自殺であるという。

日本医療機能評価機構による調査では、調査の3年間に29%の一般病院(精神科病床なし)で自殺が起こっている。その自殺者の入院理由となる疾患は、35%が悪性腫瘍(ガン)である。

自傷行為

自傷行為はしばしば自殺未遂とされることが多いが、実際には自殺目的ではなく切ること自体の感覚を目的とする場合が少なからずある。 しかし、自傷者の多くには実際に自殺願望があるうえ、自傷による事故死と自殺は非常に見分けづらいので、現実には自傷による事故死も自殺に含めてしまうことが多いと思われる。 他にも、自分の健康を無視したような行動を行う人もいるが、やはり意図していないのでそれ自体は別のものである。

自傷段階の人の場合、現世への希望をまだ諦めきっていないため、なんらか事態の改善に繋がる助けを求めている傾向があるとされる。自殺ではコミュニケーションを求める行為はほとんど見られず、またそのような心の余裕も無いことが多い。

以下、参考にWalsh (2005) による自傷行為と自殺未遂の判定表を挙げる。ただし双方は死への意図のあるなしではなく強弱の同一線上にある例も多いため、一種の指標として柔軟に用いるのが望ましい。

自傷行為と自殺企図との区別の例



番号

項目

自傷行為

自殺企図



1

行為そのもので期待されるもの

どうにもならない感情の救済(緊張、怒り、空虚感、生気のなさ)。

痛みから逃れること。意識を永久に終わらせること。



2

身体的ダメージレベル、および潜在的に行為が死に至る確率

身体的にはあまり強くないことが多い。致死率はあまり高くない方法を好む。

深刻な身体ダメージを及ぼすことが多い。致死率が非常に高い方法を好む。



3

慢性的、反復的であるかどうか

非常に反復的である。

反復的なことは少ない。



4

今までにどの程度の種類の行為を行ってきたか

2つ以上の種類の方法を繰り返し行う。

主に1つの方法を選ぶことが多い。



5

心理的な痛みの種類

不快感、居心地の悪さが間欠的に襲ってくる。

堪えられない感情が永続的に続く。



6

決意の強さ

もともと自殺するつもりは強くないのでそれほど強くはない。他の選択肢を考えることもできる。一時的な解決を図ろうとして行ってしまうことが多い。

決意が並外れて強い。自殺することが唯一の救いとしか思えない。視野が狭い。



7

絶望、無力な感じがどの程度あるか

前向きに考えられる瞬間と、自分をコントロールする感覚を少しは保っている。

絶望、無力感が中心で、一瞬であってもその感情を外すことができない。



8

実行することで不快な感情は減少したか

短期的には回復する。間違った考え方も感情も行為そのものによっておさまる。「意識の変化」を起こす。

まったく回復しない。むしろ自殺がうまくいかなかったことによってさらに救いがもてなくなる。即時の治療介入が必要。



9

中心となる問題は何であるか

疎外感。特に社会の中での自らのボディ・イメージ(アイデンティティにもつながる)が築けていないこと。

うつ。逃れられない、堪えられない痛みに対する激しい怒り。


いずれの場合でも状況を一見しただけで安易に自殺であると断定するのは拙速であることがあり、特に有名人の自殺に関しては多くこの問題が取り上げられる。

自殺と社会

自殺対策

2005年7月、参議院厚生労働委員会で「自殺に関する総合対策の緊急かつ効果的な推進を求める決議」がなされ、同年9月には第1回「自殺対策関係省庁連絡会議」が開催された。2006年10月28日には自殺対策基本法が施行された。 しかし、ほとんどはNPOによる自主活動またはボランティア任せであり、政府・行政側が全面的にバックアップをとっておらず、多くの相談室が人材・予算不足で苦境に立たされており、政治家の認識も薄いとの指摘もある。

自殺防止対策として、相談室の設置、カウンセラーの増強などの対策が取られているところがある。例えば静岡県では富士市をモデルにうつ病の観点から自殺防止に取り組み、大きな成果を挙げた。

「いのちの電話」が設置されている地域では、そうでない地域と比べ、男女とも自殺率が有意に下がっている。 また統計分析は「近所づきあいの頻度が高い地域で自殺率が低い傾向にあったことを不完全ながらも示して」おり、「人的ネットワークを土台とするセーフティーネットの構築が自殺予防に有効である可能性が高い」。

世界保健機関の自殺予防に関する特別専門家会議によると、自殺の原因は個人や社会に内在する多くの複雑な原因によって引き起こされるが、「自殺は予防できる事を知り、自殺手段の入手が自殺の最大の危険因子で、自殺を決定づける。」としている。

なお、毎年9月10日は「国際自殺防止デー」として、世界保健機関と国際自殺防止協会( IASP=The International Association for Suicide prevention)、その他の非政府組織によって、世界保健機関加盟各国で自殺防止への呼びかけやシンポジウムが行われている。日本でも16日までの1週間を自殺予防週間と定めており、地方自治体や関係機関が9月に各種啓蒙運動を行っている。

自殺に関する法律

日本
銃砲刀剣類所持等取締法
自殺をするおそれがあると認めるに足りる相当な理由がある者については銃砲刀剣類の所持を許可してはならない(銃砲刀剣類所持等取締法第5条)。 保険法
死亡保険契約の保険者は、被保険者が自殺をしたときには、保険給付を行う責任を負わない(保険法第51条第1号)。 貸金業法
貸金業者は、貸付けの契約の相手方又は相手方となろうとする者の死亡によって保険金の支払を受けることとなる保険契約を締結しようとする場合には、当該保険契約において、自殺による死亡を保険事故としてはならない(貸金業法第12条の7)。
自殺に係わる経済的負担と保険  

自殺の手法によっては、自殺者の財産(消極財産としての債務が含まれる)につき相続権を有する遺族に対し損害賠償請求がなされる可能性がある。

日本の健康保険では、原則として自殺未遂後の治療に生じる医療費は保険適用されず全額自己負担となる。

このために、自殺未遂した男性が入院中に数百万単位の医療費負担を家族に背負わせ、その母親が心ならずもその男性を殺害した事件が発生したこともある。

ただし、精神の障害によって自殺行為の結果に対する認識能力のない精神病患者による未遂の場合は、例外的に保険給付される。

自殺に関する社会問題

日本では、インターネット内で知り合った男女同士の自殺(いわゆる心中)などに代表されるように、一酸化炭素中毒型自殺などが社会問題となっている[10]。また、自殺の名所にも記載があるように、自殺者の大部分は三大都市圏に集中しているため、列車飛び込みなどが多い。

報道の問題

センセーショナルな自殺報道がさらなる自殺を誘発する事が統計的に知られており、この事実を実証した社会学者のPhillipsによりウェルテル効果と名づけられている。

日本では例えば、1986年(昭和61年)4月8日にアイドル歌手の岡田有希子が18歳で自殺すると30余名の青少年が自殺し[11]、「そのほとんどが、岡田と同様に高所から飛び降りて自殺した」。「この影響はほぼ1年続き、1986年はその前後の年に比べて、青少年の自殺が3割増加」した。

またX JapanのHideが自殺した(後に事故死の説も浮上する)月はその周辺の月に比べ、2倍程度自殺率が高い。

別個の問題として、2000年頃の練炭騒動や2007年前後の硫化水素騒動のように報道番組が新たな自殺方法をセンセーショナルに取り上げる事で、その自殺方法が喧伝されてしまう場合もある。

自殺報道にはこうした負の影響があるため、世界保健機関は2000年「自殺を予防する自殺事例報道のあり方」において「写真や遺書を公表しない事」、「自殺の詳しい内容や方法を報道しない事」、「自殺に代わる手段(alternative)を強調する事」、「ヘルプラインや各地域の支援機関を紹介する事」などを勧告しているが、日本では守られているとは言いがたい。

2011年7月4日、内閣府参与の清水康之は、有名女性タレントの自殺報道の直後に自殺者数が増えたことを挙げて、日本における「自殺報道ガイドライン」の策定を提案した。朝日新聞は、この有名女性タレントが上原美優であると報道した。

一方日本国外では、報道方法を変える事により、自殺数を減らす事に成功している。 1984年から1987年にかけて、オーストリアのウィーンでは、ジャーナリストが報道方法を変えたことで、地下鉄での自殺や類似の自殺が80%以上減少した。また、自殺率を減らす効果があった。

フィンランドでは、自殺の報道方法変更を含む諸対策により、自殺率の減少を達成している。

鉄道への飛び込み自殺

鉄道への飛び込み(発生直後は自殺でない可能性も考慮し「人身事故」と呼ぶ)は列車の遅延や運休を引き起こし、多くの利用客に影響を与えるため、社会問題化している。

また、偶然飛び込み自殺の現場付近に居合わせた乗務員や客が傷害を負う事故も発生している。以下、近年の事例を記す(年齢は全て事故当時)。
2006年2月16日 小田急小田原線小田急相模原駅を通過中の箱根湯本行「はこね43号」に20代の男性が飛び込み自殺。その際に男性の体が車両前面の展望室に激突して窓ガラスが飛散。

車内の乗客9人が重軽傷を負った。
2007年8月31日 JR東海道本線南草津駅を通過中の播州赤穂行新快速に19歳男性が飛び込み自殺。男性の体の一部がホーム上にいた22歳女性に当たり、女性は右足を骨折。更に接触した車両の窓ガラスが破損、運転士も軽傷を負った。

2008年10月29日 JR根岸線洋光台駅に進入して来た大船行普通電車に26歳男性が飛び込み自殺。体の一部がホーム上にいた30歳代と40歳代の女性を直撃。40代の女性は転倒して頭を打ち重傷。30代の女性は軽傷だったが後にPTSDを発症。

2009年9月20日 阪急神戸線王子公園駅を通過していた梅田行特急電車に51歳の男性が飛び込み自殺。男性は運転室の窓を突き破り、特急電車の運転士が散乱したガラスで軽傷。

2011年9月18日 JR総武線新小岩駅を通過中の成田空港行特急成田エクスプレスに45歳の女性が飛び込み自殺。新小岩駅では成田エクスプレスに飛び込み自殺する事故が相次いでおり、2011年7月以降5件目。なお同駅では、この翌日の19日にも三鷹行中央総武線各駅停車に60代とみられる女性が飛び込み自殺をしている。

事故後に鉄道会社が請求する損害賠償額は原則として非公表だが、例えば京浜急行電鉄の場合、実際の請求額は高くても100万円に満たないという。(京浜急行電鉄、広報宣伝担当)。

自殺を図った者が死亡した場合、自殺者の遺族が相続放棄を行って賠償を免れるケースもある。前述の洋光台駅での事例では、PTSDを発症した30代の女性が自殺した男性の遺族に慰謝料を請求したものの却下。女性は「鉄道会社に責任がある」としてJR東日本を提訴した。

自殺・転落防止のためにホームドアを設置している路線もあるが、建設費が高額、車両の種類によって扉の位置が合わない、などの理由により普及は遅れている。

この他にホームと向かい合う壁に鏡を設置する、発車ベルを発車メロディに変える、青色蛍光灯を設置する、緊急停止ボタンを設置するなどの試みもなされている。

いじめと自殺

1986年、1994年 - 1996年、2006年の時期は、子供の自殺についての報道が多かった。原因としては「学校におけるいじめ」が取りざたされた。また、これに関連して文部科学省が学校における「いじめの把握」が不十分であることが指摘された。

いじめ自殺が相次いだ1995年12月には、横浜市のいじめ110番に自殺をほのめかす電話が殺到し、当時の横浜市長高秀秀信が緊急会見を開くなど現場は一時騒然となった。そしてそのわずか2ヵ月後には日本各地の新聞社や放送局にいじめ自殺の予告やテストや運動会を取りやめないと死ぬといった自殺予告の手紙が多数送られ、実際に試験日を延期する学校が相次いだ。そして10年後の2006年11月には中高生が文部科学省に自殺予告を送り、マスコミでも大きく取り上げられた。

硫化水素

2007年前後から、硫化水素を発生させることによる自殺方法をインターネット上で情報を得て、実際に試みる人が多発しており、無関係な人間が硫化水素を吸引することにより巻き添えになり死傷する事例、ならびに硫化水素自殺の現場となった家屋などが著しく損傷する事例が発生した。2008年4月に入ってからは一日1人、多い時は2人もこの自殺方法で命を落としておりマスコミでも大きく取り上げられた。硫化水素を発生させることによる自殺は2011年現在でも行われている。

自衛官の自殺

2008年頃から自衛隊員・自衛官の自殺が政治問題化している。2010年には防衛省職員の自殺者が2004年から6年連続で100人を超え、他省庁比5割増という異常事態になっていることが防衛省の調査で判明している。

自衛官の自殺のうち特別の事情として「いじめ」の問題がある。 遺族が初めて国家賠償請求を起こした、1999年(平成11年)11月に当時21歳の三等海曹の自殺(「さわぎり (護衛艦)事件」)についての原因も、上司の二等海曹による「ゲジ(スペードの2、役立たずの意味)」と呼ぶ、「海の上ではだれかいなくなってもわからない」その他の暴言の連続があったと遺族は裁判内で主張している(裁判では、事実は認定されたが、一審ではその意義について自衛官教育での範囲内とされた)。

この事件を契機に自衛隊内でのメンタル・ヘルスが研究されるようになったとされるが、自殺者は自衛隊全体で事件後も減っていないうえ、2004年10月にはたちかぜ自衛官いじめ自殺事件をきっかけに、艦内パワーハラスメントが発覚(護衛艦たちかぜ暴行恐喝事件)するなど「いじめ」と自殺の因果関係がクローズアップされる[23]。いじめに関しては、(防衛省として現在統計資料の有る)2003(平成15)年度から2006(平成18)年度までに『私的制裁』として92人、『傷害又は暴行脅迫』として291人の者に対して懲戒処分を行っている。

その他、問題となる自殺に、陸上自衛隊の駐屯地内での武器の使用による自殺がある。これは、小銃(ライフル)を連射モードに切り替え、数発(1‐9発程度)を命中させて自殺する者が、実包を装填した銃器を携行して歩哨警備を行う火薬庫の警備時に多発している。2004年(平成16年)度以降、2008年8月まで5件の弾薬庫警備任務中の隊員による小銃を使用した自殺、自殺未遂事件が起きている。

なお、2004年から2006年度は3年連続で、25万人の陸海空自衛官の内自殺と断定された自衛官の数は、毎年100人程度に達している(防衛省調)。2006年度に死亡した隊員は陸海空あわせて224人(陸自156人、海自35人、空自33人)。このうち自殺と認定された者は、97人(陸66人、海20人、空11人)で死亡理由の4割を超える。

震災自殺



震災により、家族や財産を失ったことが原因による自殺。2011年3月に発生した東日本大震災関連では、同年6月だけで震災関連の自殺が16人に上ると報道された。

自殺ショーの取り締まり(中国)

中国広東省広州市は、2008年6月に多発する自殺ショーと呼ばれるパフォーマンスの取り締まり強化を行った。自殺ショーとは、自殺すると見せかけ高層ビルの屋上などで「自殺する」と騒ぎ立て、未払い賃金支払いなどを訴え、見返りとして未払い金の支払いを要求をするというもの。自殺ショーが行われる度に、警察車両や救急車両が出動し、交通渋滞などの原因にもなっていた。そこで広東省広東市は自殺ショーを迷惑行為と位置づけ、ショーを数回に渡り実施した者に対する罰則を規定した。



キリスト教など教義によって自殺が禁じられている宗教においては、自殺は殉教等とは看做されない。イスラームやキリスト教徒の死者が自殺した者の場合、教会での葬儀すら行われない場合もある[要出典]。

ユダヤ教、キリスト教、イスラーム、すなわちアブラハムの宗教、ならびに儒教では、自殺は宗教的に禁止されている。そのため、欧米やイスラーム諸国では自殺は犯罪と考えられ、自殺者には葬式が行われないなどの社会的な制約が課せられていた。カトリック洗礼を受けていた細川ガラシャは武士の妻として自害すべきだったがこれ故出来ず、家臣に胸を槍で突かせた。かつては、教会の墓地に埋葬することも許されなかった。

ドイツの哲学者・ショーペンハウエルは『自殺について』のなかで、キリスト教の聖書の中に自殺を禁止している文言はなく、原理主義的に言えば、自殺を禁じているわけではないため、不当に貶められた自殺者の名誉を回復するべきだと指摘している。

文化によっては自殺に類するものが推奨される場合もある。ヒンドゥー教には、夫が死ねば妻も焼身自殺するという、寡婦殉死(サティー)の風習があった。マヤ文明では、一般に死をつかさどる神「ア・プチ」のほかに絞首台の女神「イシュタム」がいて、自殺者の魂を死後の楽園へ導くとされた。

キリスト教

キリスト教で自殺に対する否定的道徳評価が始まったのは、聖書に基づくものではなく4世紀の聖アウグスティヌスの時代とされる。当時は殉教者が多数にのぼり、信者の死を止めるために何らかの手を打たねばならなくなっていた。また10人に1人死ぬ者を定めるという「デシメーション」と呼ばれる習慣のあったことをアウグスティヌスは問題にした。

693年にはトレド会議において自殺者を破門するという宣言がなされ、のちに聖トマス・アクィナスが自殺を生と死を司る神の権限を侵す罪であると述べるに至って、すでに広まっていた罪の観念はほぼ動かし難いものになり、自殺者の遺族が処罰された例もある。

日本におけるキリシタンに対する迫害が強まった時代において、キリシタンに対して棄教するよう強烈な圧力がかけられていた際に、クリストファン・フェレイラのように幕府による拷問に耐えかねて棄教した者もいれば、最後の最後までキリスト教に対する信仰を放棄しないで殉教したキリシタンもいる。日本におけるカトリック教会は、ペトロ岐部など殉教したキリシタン187名を祝福し、2008年には長崎県営野球場において列福式が実施された。                                           
仏教                                                
仏教では自殺を「じせつ」と読む。死は永遠ではなく輪廻・転生により生とは隔て難いものであるが、これらは死生観を説いたものであり、現代の一般的な自殺の理由にはなりえない。一般的には、殺生は十悪の一つに数え、波羅夷罪(はらいざい)を犯すものであるとして、五戒の1つであるため、自殺もそれに抵触するとして禁じられている。

ただし、病気などで死期が近い人が、病に苦しみ自らの存在が僧団の他の比丘(僧侶)に大きな迷惑をかけると自覚して、その結果、自発的に断食などにより死へ向う行為は自殺ではないとされる(『善見律』11など)。また仏や菩薩などが他者のために自らの身体を捨てる行為は、捨身(しゃしん)といい、これは最高の布施であるとして自殺とは捉えない。

したがって、かつての日本で行われた、焼身往生や補陀落渡海など、宗教的な理由から自らの命を絶つ場合や入定ミイラ(即身仏)や行人塚のように人々の幸福のために自ら命を絶つ場合もあったが、この場合は自殺と見られることはなかった。

文化的に推奨される場合には、社会的圧力によって自殺が強要される場合もある。チェコのヤン・パラフや、フランスにおけるイラン人焼身自殺などである。また「抗議の意思を伝える政治的主張のため」とする自殺が行われる場合がある。これは後述の「焼身自殺」の項でも述べる。

イスラム教

イスラームでは、自殺した者は地獄へ行くとされている。その根拠として最も重要なものとされるのはクルアーンの『婦人章』第29・30節である。ここでは「あなたがた自身を、殺し(たり害し)てはならない」と明確な禁止の啓示が下されており、さらに「もし敵意や悪意でこれをする者あれば、やがてわれは、かれらを業火に投げ込むであろう」と続けて、自殺が地獄へと通じる道であることを示している。

自爆テロもこの範囲に入るものである。したがって、イスラームの正当な考え方によれば、自分の死(自殺)と共に罪のない一般人を道連れにすることは許されるものではない。イスラームが許す戦争は、あくまでも防衛のためであり、死ぬことや殺すことが目的ではない。守るべきもの(命、財産、信仰)を防衛する段階で、敵によって殺されたら殉教者になる。敵を殺す目的のために、自分を自分の手で殺すことによって殉教者にはなることはできないのである。

現代のイスラム原理主義者による自爆テロにもそのような主張がなされることがあるが、強要・洗脳・煽動・追込み、そして、最も根本的には「同情を向けるための戦術」という面があり、さらには自殺と同時に殺人が行われることになるので、犯罪性が強い。

多数派のイスラムの教義解釈によれば、敵の戦闘員に対しての自爆はジハードとして天国に行けるが、民間人に対しての自爆テロは自殺として永遠の滅びの刑罰が与えられるとされている。もちろん、イスラム過激派による米国やイスラエルに対する卑劣なテロ行為は厳しく批判されなければならない。

しかしながら、現在のイスラーム諸国においては、様々な経済的な困難を抱えながらも国際的にみて極めて自殺率が低い傾向がある。それゆえ、日本のイスラーム研究者は、イスラーム世界において自殺率が極めて低い社会文化的背景を研究し、日本における自殺予防活動のために社会教育などを通して応用しうる可能性はあると思われる。

文学・芸術における自殺

自殺は、文学における重要なテーマの一つであり、主人公の自殺にいたる心理など、物語の終焉や筋の展開のなかで描かれることが少なくない。

日本文学では、夏目漱石の『こヽろ』、井上靖『しろばんば』など。また、動機は様々であるが、多くの著名な作家や文学者が自殺を決行している(日本では北村透谷、川上眉山、有島武郎、芥川龍之介、金子みすゞ、牧野信一、太宰治、田中英光、木村荘太、原民喜、久坂葉子、火野葦平、三島由紀夫、川端康成、田宮虎彦、佐藤泰志、江藤淳、鷺沢萌、野沢尚、片山飛佑馬、見沢知廉など、海外で有名なのはフセーヴォロド・ガルシン、ジャック・ロンドン、ヴァージニア・ウルフ、シュテファン・ツヴァイク、アーネスト・ヘミングウェイ、リチャード・ブローティガン、老舎など)。それ故、敗戦までの日本においては、作家という職業に対する偏見が強く、決して作家の職業威信は高いものではなかった。

国外の文学においてはドイツの作家ゲーテの小説『若きウェルテルの悩み』が、自殺を主題とした作品として特に有名である。恋人との失恋に絶望し自殺した主人公を描き、その影響で模倣自殺する人が相次いだため発禁処分に処するところも出た事例がある。



日本の現況

2010年(平成22年)における日本の自殺率(人口10万人あたりの自殺者数)は24.9人で総自殺者数は31690人である(警察庁発表のデータ)。13年連続で3万人を突破している。以下、特に前置きがない場合は警察庁発表の「自殺の概要資料(年次発表)」を基に記述する。

年間の死者の2.8%が自殺により死亡しており、癌や心疾患などに次いで6番目に多い死因である。2010年の自殺者数は同年の交通事故者数(4863人)の6.51倍に上り、その深刻さが伺える。日本では自殺未遂者は、自殺者の10倍以上いると推計されており、自殺者遺族は日本に300万人ほどいると推定される。諸外国と比べても極めて自殺率が高く、世界で4位、アメリカ合衆国の自殺率の2倍である(2002年)。

近年の状況

1998年以降現在にいたるまで、自殺率は戦後3度目にして最大のピークの最中であり[6]、ピーク以前と比べ、自殺者が20%〜50%増加している。 各種統計や自殺者の遺書などから、今回のピークの原因は不況によるものと推測されており、不況の影響を受けやすい中高年男性でピーク後の自殺率が特に急増している。一方女性の自殺率はピーク前とあまり変わらない。

原因および動機に関しては、「健康問題」が15802人で最も多く、次いで「経済・生活問題」(7438人)、「家庭問題」(4497人)、「勤務問題」(2590人) の順となっており[29]、この順位は前年と変わらない(一人3つまで計上)。

自殺率は男女差が激しく、自殺者の70%以上が男性である。男性の方が自殺しやすい主要因として、失業を含む勤務問題が挙げられ、働く性としての男性に過度の負担がかかっている事が分かる。他にも失業時や離婚時に男性の方が孤立しやすい事、男性の方が女性より自身の問題を他人に相談しにくい事なども指摘されている。

また職業や地域によっても自殺率は変わり、男性の場合、農林漁業作業者、サービス職業従事者が自殺率が高く、産業別では、男女ともに「第1次産業」の自殺率が高い。また生活保護受給者の自殺率も全体の自殺率より高い。

地域別に見た場合、特に男性では地域ごとに1.6〜1.7 倍の差があり、いわゆる工場地帯で自殺率が高いため、下請けの過酷で不安定な労働環境の影響が指摘される。また東北地方や日本海側が自殺率が高く、その原因として、他にも地域産業が衰えたことによる「経済面」や高齢化による「健康面」が指摘されている。なお、よく指摘される冬期性うつ病については、影響がほとんどない。

自殺手段・自殺場所としては、男女とも縊死(=首吊り)・自宅が多く、平成15年の場合、男女それぞれ66.4%、58.9%の自殺者が縊死を選び、男女合計17511人、54.3%の自殺者が自宅を選んでいる。

対策面と自殺者のサイン

対策面では、2006年に自殺対策基本法が施行されたが、ほとんどはNPOによる自主活動またはボランティア任せであり、多くの自殺相談室が人材・予算不足で苦境に立たされている。しかし一方、自殺者72%が自殺前に精神科などなんらかの相談機関に相談に行っており、「いのちの電話」が設置されている地域では自殺率が有意に下がっているため、相談所の拡充が待たれる。

また自殺者の46.2%が事前に何らかのサインを出していた(と遺族は考えている)が、自殺以前に遺族がそのサインに気づいたのは20%にとどまった。(ただしあと知恵バイアスを考慮に入れるべきである)。自殺者遺族の4人に1人が自分も死にたいと考えており、自殺者のみならずその遺族への対策も待たれる。

社会への影響など

自殺者中の数は少ないものの、線路への飛込みや、集団自殺など、周囲に影響を与える自殺方法を取るものもおり、社会問題化している。日本では自殺報道はセンセーショナルになりがちだが、こうした報道は新しい自殺方法を広めてしまったり、後追い自殺を呼び起こしたりするなどの問題を含み、世界保健機関は適切な報道方法を勧告している。

自殺に関する統計

日本における統計

自殺者数・自殺率

2010年(平成22年)における日本の自殺率(人口10万人あたりの自殺者数)は24.9人で総自殺者数は31690人である。これは同じ年の交通事故者数(4863人)の6.51倍に上り、その深刻さが伺える。

また、前述の自殺率は諸外国のデータと比べても極めて大きい値で、日本の自殺率はアメリカ合衆国の自殺率の2倍に相当する(2002年)[34]。主要国G8諸国、OECD加盟国、双方とも日本が自殺率1位となっている。なお、国別の自殺率でみると日本は4位で、日本以外の上位7カ国はガイアナを除けばすべて旧社会主義国(旧ソ連)が占めている。特に男性中高年層では、自殺率の水準は世界でもトップレベルである。

日本において自殺は主要な死因の一つであり、2006年(平成18年)度の場合、悪性新生物(癌の事。30.4%)、心疾患(16.0%)、脳血管疾患(11.8%)、肺炎(9.9%)、不慮の事故(3.5%)に次ぐ6位で、2.8%が自殺により死亡している。また、20代から30代にかけては死因のトップとなっており、2003年(平成15年)の場合、死亡者のうち15.8%(20代前半)、20.9%(20代後半)、22.8%(30代前半)、25.0%(30代後半)が自殺している。

自殺者数の推移

戦後は戦前に比べ自殺率の変動が激しく、男性の場合、高度経済成長期(人口10万人あたり15人)やバブル期(同20人)は下がった一方、1953〜1959年のピーク(同31.5人)、1983〜1986年のピーク(同28.9人)、1998年以降現在まで継続しているピーク(2004年は同38.0人)の3回のピークを迎えている。

女性の場合は男性と類似した曲線をたどるものの、1953〜1959年のピークを除けばさほど大きな変化は見られず、この事から男性の自殺率の増減が日本人全体の自殺率の増減の主な影響である事が分かる。また、1953〜1959年のピークは、青年層の復員兵の自殺が多かったとされる が、それに対し残り2つのピークは、中高年の男性の自殺の増加が自殺率を押し上げている。

1998年(平成10年)には年間自殺者数が32863人(警察庁発表のデータ(以下同様)、人口動態統計でも31755人)となり、統計のある1897年以降で初めて3万人を突破、さらに2003年(平成15年)には34427人(人口動態統計で32109人)に達し、現在までにおける過去最大数となっている。

以降は2009年(平成21年)までほぼ3万2千人台で推移している。2010年(平成22年)の自殺者数は31690人であった。2009年の32845人と比べれば漸減したものの、1998年以来、13年連続で年間3万人を超える状況が続いている。ただし、厚生労働省発表の人口動態統計のデータでは2001年(平成13年)と2002年(平成14年)、2006年(平成18年)に3万人を割っている。

自殺者数および自殺率の動向(警察庁発表)

自殺者数

自殺率




総数

男性

女性

総数

男性

女性



平成15年

34,427

24,963

9,464

27.0

40.1

14.5



平成16年

32,325

23,272

9,053

25.3

37.4

13.8



平成17年

32,552

23,540

9,012

25.5

37.8

13.8



平成18年

32,155

22,813

9,342

25.2

36.6

14.3



平成19年

33,093

23,478

9,615

25.9

37.7

14.7



平成20年

32,249

22,831

9,418

25.3

36.7

14.4



平成21年

32,845

23,472

9,373

25.8

37.8

14.3



平成22年

31,690

22,283

9,407

24.9

35.9

14.4


近年の自殺者数の急増の原因と傾向

1998年以降現在まで続くピークは戦後最大のもので、それまで約2〜2.5万人程度であった年間の自殺者数が3万人以上で推移する状況である。特に1998年は前年の24391人から8000人以上も急増(前年比約35%増)している。うち25%は45歳以上の層のもので、中高年の自殺増が急増への寄与が大きい。

急増した原因として経済状況(景気)の悪化を指摘するものも多く、例えば遺書から調べた自殺原因では、1998年以降、ピーク前と比べて「経済・生活問題」が急増している。

統計的にも、失業要因が「安定して有意に男性自殺率を増加させる方向に作用しかつ寄与度も大き」く、したがって、「98年以降の30歳代後半から60歳代前半の男性自殺率の急増に最も影響力があった要因は、(中略)雇用・経済環境の悪化である可能性が高い」事が年齢階層別データ分析、都道府県別年齢階層別データ分析の双方において確認できる。

女性の自殺率はピーク前とあまり変わらず、男性の自殺率の影響が顕著である[6]。 男性は高年齢層で自殺しやすく、高齢化は男性の自殺率増加の原因を2割程度説明する。 年齢別で見ると、40〜60代の増加が顕著で、特に60代ではピーク前の3割増になっている。

以上のように、1998年以降のピークで顕著となっている「定年に至っていない中高年男性の自殺率増加」の背景には、過去のものとは動向が異なり、「経済・社会的な要因」が大きく影響している可能性が指摘されている[50]。2003年(平成15年)には、年間自殺者数が3万4千人に達し、統計のある1897年以降で最大(自殺率も27.0と過去最大)となった。

性別による差

自殺率は性別に関する差が激しく、自殺者の70%以上が男性(例えば2010年は70.3%)である。つまり、統計的には男性は女性より2.5倍自殺しやすい。

男性の方が自殺しやすい原因として、失業を含む勤務問題が挙げられる。実際、遺書などから自殺原因を調べた場合、20代から60代では「勤務問題」、「経済・生活問題」を挙げる者の数が男女で実に10倍近くの開きがあり、働く性としての男性に過度の負担がかかっている事が分かる。他の要因では男女の違いは2倍以内である。

また前述のように、1998年以降の不況で男性の自殺率が急増しており(女性の自殺率はさほど増えていない)、男性の自殺率が急増した主要因が雇用・経済環境の悪化であると目されることも以上の推測を裏づける。

失業時や離婚時に男性の方に負荷が集中しやすい事を指摘するものもおり、失業や離婚をした場合、女性であれば家族や社会の状況に組み込まれて保護されるのに対し、男性は社会的に孤立を余儀なくされる事が挙げる者もいる。

統計的に見ても配偶者と離別したもの同士の自殺率の男女比や失業者同士の自殺率の男女比の場合はそれぞれ6.04倍(2000年)、11.4倍(2009年)[36]に跳ね上がるため、離別や失業が自殺に男女差がある大きな原因である事が伺え、上述の見解を裏付ける。

これは未婚したもの同士・既婚したもの同士・死別したもの同士のいずれの自殺率の男女比も大きな差はなく、それぞれ2.85倍、2.772倍、3.32倍(2000年)であるのと対照的である。 ただし、未婚・離婚・死別の全てを含めても、男性自殺者の55.5%に過ぎない、(女性の場合は60.1%)事にも注意を払うべきである。

一方ジェンダー論の立場からは男性がその性役割に束縛されて感情を表に出せない事が女性よりも自殺率が高い原因だとするものもある。実際、自殺対策に関する意識調査では、悩みやストレスを抱えたとき助けを求める事を「恥ずかしい」もしくは「どちらかというと恥ずかしい」と答えた人の割合は女性(11.5%)よりも男性(19.7%)のほうが高い。

他のほとんどの国でも男性の方が自殺しやすい 。男女比が特に極端な旧共産圏諸国[55]を除けば、日本における自殺の男女比は平均的なものである。また、男性は女性に比べて感情を表に出しづらく、我慢してストレスを溜め込みやすい。メンタルクリニックを受診する患者は女性のほうが多いが、これは女性がメンタルで悩みやすいためとも言えるし、男性がカウンセリングなどを受けずに我慢してしまうためとも言える。

NHKのワンテーマ報道番組『クローズアップ現代』:「中高年の自殺」の収録中、大原健士郎が「男は女に殺されているようなもの」との趣旨の発言をしたところ、国谷裕子に本番では絶対に言うなと口止めをされたとして、問題になった事がある。

自殺の傾向
自殺手段でみた場合、男性は縊死(66.4%)、ガス(13.3%)、飛び降り(7.1%)、薬物(3.3%)、溺死(2.3%)、飛び込み(2.1%)、その他(5.8%)の順で多く、女性は 縊死(58.9%)、飛び降り(12.8%)、薬物(6.7%)、溺死(6.7%)、ガス(4.8%)、飛び込み(3.6%)、その他(6.5%)の順である(いずれも平成15年のデータ)。

自殺の場所は「自宅」(17511人、54.3%)、「乗物」(3334人、10.3%)、「高層ビル」(1656人、5.1%)、「海(湖)・河川」(1649人、5.1%)、「山」(1387人、4.3%)、の順である[43]。 男女別では男女とも「自宅」がトップであるが、2位以降は差があり、男性では「乗物」が2位だが女性では乗り物の順位は高くなく、車を使う男性とそうでない女性の間で自殺方法に差がある事が伺える。逆に女性では「高層ビル」が2位だが男性では高層ビルの順位は高くない。

自殺者305名の遺族に調査した調査によれば、自殺者の30%に自殺未遂歴があり、60%にはなく、10%は不明である。特に女性の場合は自殺者の45%に未遂歴がある[44]。 同調査によれば72%が自殺前になんらかの相談機関に相談に行っており、相談機関の58%が精神科、25%がその他医療機関であった。そして相談に行っていた202人中62%が自殺直前の1か月以内まで相談に行っていた。

離婚や失業は自殺と大きな相関があり、特に男性の場合、35歳から54歳の年齢階層では、配偶者と離別した無職男性の自殺率は有配偶・有職男性の自殺率の20倍にものぼる。離婚に関わらず職業別で見た場合も、無職男性の自殺率は非常に高く、「35歳から54歳の年齢階層では有職者の約5倍になっている」。

就業者の中では、男性の場合「農林漁業作業者」(10万人中54.2人)、「サービス職業従事者」(10万人中51.1人)で男性全体の自殺率(10万人中42.3人)を上回っている(平成12年の場合)、産業別では、男女ともに「第1次産業」の自殺率が高い。また生活保護受給者の自殺率も全体の自殺率より高い。

自殺率でなく自殺者数で見た場合、職業別では2010年の場合、「無職者」(18673人、58.9%)、「被雇用者・勤め人」(8568人、27.0% )、「自営業・家族従事者」(2738人、8.6% )、「学生・生徒等」( 928人、2.9% ) の順であり、この順位は前年に同じ[36]。ただし無職者は主婦や年金生活者を含んだ数字で、内訳は「その他の無職者」(8151人)、「年金・雇用保険等生活者」(6068人)、「主婦」(2336人)、「失業者」(1990人)、「利子・配当・家賃等生活者」(67人)、「浮浪者」(61人)である。

年齢別では中高年の自殺者数が多く、2010年の場合、「50歳代」(5959人、18.8%)、「60歳代」(5908人、18.6%)、「40歳代」(5165人、16.3%)、「30歳代」(4596人、14.5%)の順である。年齢別に見ると、40代から60代前半にかけてが自殺率は最も高い[59](2003年度)。

月別では3月が最も多い。多年度を通して平均したグラフで見ると、2月が自殺者がかなり低いのに対して、3月が一気に高くなり、4月、5月、6月がそれに準ずる高さで徐々に低くなっている。3〜6月が年間の自殺者数を引き上げている。 近年では特に1998年と2003年にこの傾向が顕著であるが、前者は大手銀行や証券会社が破綻した時期であり、後者は失業率のピークであり、同時にヤミ金取立てによる自殺が増加した時期である。

NHKの『福祉ネットワーク』「シリーズ 動き出した自殺対策 第一回 新公表のデータを読み解く」は、3月に自殺が増える原因として、以下の可能性を挙げている:

医学的に春は情緒が不安定になりやすい時期だと言われている。
日本では3月は学生やサラリーマンが入試の合格や栄転などなど人生で華やかな状況を迎える人が多い為、そうならなかった人々が「それなのに、どうして自分は…」といった気持ちになり、自殺しやすい。

3月は税金の取り立てや料金の請求が発生する時期なので、それらの容赦ない取立てが赤字で苦しむ自営業者を自殺に追い込んでいる。(つまり日本の行政組織による乱暴な税金の取り立てが自殺に追いやっている可能性がある。)

曜日別で見た場合、男性は月曜が最も多く(10万人当たり80.7人)[62]、曜日が進む毎に減っていき、土日が最も少なくなる(それぞれ10万人当たり53.5人、55.3人)これは欧米で一般に「ブルーマンデー症候群」と呼ばれる症状と関連があると見られている。

月曜日というのは、仕事をしている人々にとっては、土日における解放が終わり、再び社会の厳しい現実と向かいあわなければならない日なのであると言われる。(日本では類語でサザエさん症候群とも)。一方女性の場合、このような明確な差は無い

自殺に至る原因と経過

2010年の場合、自殺者の74.4%が遺書などにより動機が特定できるものの、 残りの25.6%に対しては動機が不明である。

動機が特定できたものの中では、2010年の場合、自殺の原因は「健康問題」(15802人)、「経済・生活問題」(7438人)、「家庭問題」(4497人)、「勤務問題」(2590人)の順である。(遺書などから明らかに推定できる原因を各人3つまで計上)。

「健康問題」は性差を問わずほぼ全ての年代で最たる理由である。しかし、40歳代および50歳代の男性の場合は「経済・生活問題」が一位で、二位の「健康問題」を凌駕しており、失業などの影響が伺える。

前述のように1998年以降は「経済・生活問題」が急増しており、不況が自殺率に影響していることが推察される。

一方文部科学省によれば若年層の学生については、2004年度の場合、「厭世」、「父母等の叱責」、「精神障害」、「進路問題」、「学業問題」、「恋愛」の順となっており[63]、未成年でも「健康問題」がトップである前述の資料とは大きく異なる。

自殺に至る経過は有職者・失業者で異なり、有職者は配置転換や転職がきっかけになるのが多いのに対し[38]、失業者は「失業→生活苦→多重債務→うつ→自殺」という経路を辿る事が多い[38]。なお、雇用保険受給中の失業者の場合、離職日からの日にちには特に傾向はない。

うつ病は自殺と強い関係に有り、自殺者305名の遺族に調査した結果、119名がうつ→自殺という経過を辿っていた。ただしうつ病は自殺の根本要因ではなく、同調査は他の根本要因がうつを引き起こしている事を明らかにしている。同調査を元にした危険複合度の分析によれば、主な根本要因として「事業不振」、「職場環境の変化」、「過労」があり、それが「身体疾患」、「職場の人間関係」、「失業」、「負債」といった問題を引き起こし、そこから「家族の不和」、「生活苦」、「うつ病」を引き起こして自殺にいたる。

実際失業問題は自殺との関係が深く、有効求人倍率と自殺率には強い負相関が存在し、従業員5人未満の零細企業の倒産件数は自殺率と強い正の相関がある。 男性については所得の変動、負債、失業といった要因が自殺率に関係する。一方女性の場合は失業と自殺の関係が見られない。

しかし、各国毎のジニ係数と自殺率には相関がみられず、これは所得格差が自殺率と相関が少ないことを意味する。ただしジニ係数は自殺未遂率とは有意な相関がある。

なお、抗うつ薬によるうつ病治療開始直後には、年齢に関わりなく自殺企図の危険が増加する危険性があるとアメリカ食品医薬品局 から警告が発せられ、日本でもすべての選択的セロトニン再取り込み阻害薬およびセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬の抗うつ薬の添付文書に自殺企図のリスク増加に関する注意書きが追加された。

地域差

特に男性では自殺率が地域ごとに「1.6〜1.7倍の差があり、決して無視し得る差でない」[6]。 警察の全管轄1387個(当時)に対して自殺率を調べた調査によると、上位50の管轄の相当数が工場地域ないしそれに隣接する地域であった。この事から下請け・孫請け・派遣会社における過酷かつ不安定な労働環境が自殺に地域差がある原因と考えられる。

県別に見た場合、東北地方の秋田県、青森県、岩手県、山形県、福島県や日本海側の新潟県、富山県、島根県、山口県などが自殺率が高い。なお、自殺率でなく自殺人数を見た場合は、人口が多い東京都が自殺数最多である。

地域による自殺率は男女で差があり、男性では北東北、南九州、山陰で比較的高い傾向があるのに対し、女性では秋田県を除くと男性ほど明確な地域差はない。この事から男性への負担が地域差の原因であると考えられる。なお、北東北、南九州、山陰で男性の自殺率が高い傾向は1960年代以降ほぼ固定化している。

なお「98年以降の増減は、自殺率の高い地域でより増加する特徴がみられる」。従って自殺率の地域差は1998年以降の自殺の急増と何らかの関係があることを示唆し、不況が自殺の地域差を生んでいることが分かる。

地域差がある他の原因として、地域産業が衰えたことによる「経済面」と、高齢化による「健康面」の2つが大きな理由に挙げられている[40]。 また地域の保守性のため、規範からはずれた生き方を恥とする人が多いことも要因として考えうる。たとえば富山県は生活保護率が日本で最も低く[65]、新潟県は離婚率が日本で最も低い[66]。

またこれらの地方では冬に曇りと雪が続くため、季節性情動障害との関係が取り沙汰される[67]が、統計的には日照時間と自殺率には相関が見られず、例えば2010年の秋田県における自殺が最多の月は6月、富山県における自殺が最多の月は5月である。

2010年現在、最も自殺率の高い都道府県は山梨県(10万人当たり41.6人)[29]で、全国平均の24.9人を大きく上回っている。ただしこれは発見地別の統計の場合[68]で、住居地別の統計では自殺率は平均程度であるため、自殺者が県外から青木ヶ原樹海といった自殺の名所に訪れることが原因であることが伺える。なお、発見地別統計と住居地別統計に極端な差があるのは山梨のみで、他県ではさほど差はない。

2006年の最も自殺率の高い都道府県は秋田県であり、10万人当たり43.5人であった[69]。これは、青木ヶ原樹海を擁する山梨県の42.7人をも凌ぐ数字であった。2007年には、秋田県が長年にわたり自殺率全国一位の都道府県となっていることが世間の注目を集めた。これを受けて秋田県では自殺予防のための様々な取組みが行われた結果、2010年の同県の自殺率は、山梨県(41.6人)、岩手県(35.1人)に次ぐ全国三位の33.9人にまで押し下げることに成功した。

遺族

日本には自殺者の遺族に関する統計が無いものの、300万人前後と見積もられる。 遺族305人を対象にした調査では、遺族達の4人に1人が自分も死にたいと考えており、一家の大黒柱を失った事による経済的困窮に悩まされるなど、その辛い実態が伺える。 自殺が起こったのを48%の遺族が自分のせいだと考えており、10年近く経過しても抑うつ感が消えない遺族も多い。

また自殺者が事前に何らかのサインを出していたかという問いには46.2%があったと答えているが、自殺以前にそれに気づいたのは20%にとどまった。 56.4%が周囲からの偏見にさらされた経験が有り、「あなたのせいで死んだ」などの心ない非難を受けている。

自殺未遂

日本では、自殺者の10倍以上の自殺未遂者がいると推計されている。

平成19年の場合、自損行為で救急自動車の出場した件数は71866件であり、搬送人数は5万2,871人であった。

自殺者のうち、以前に自殺未遂経験があるものが男性では13.5%、女性では28.6%である。特にこの割合は20代、30代の女性で多い(それぞれ46.4%、44.5%)。

自殺に関する意識

内閣府の行った意識調査では、自殺したいと思った事がある人は19.1%で無い人は70.6%であった[54]。自殺したいと思った事があるのは男性(16.3%)よりも女性(21.9%)の方が多く[54]、実際の自殺者では男性の方が2.5倍も多いのと対照的である。年齢別では30代(27.8%)、20代(24.6%)が「ある」と答えた割合が高く、後は年を追う毎に少なくなっている。

自殺を考えた際、60.4%は誰にも相談せず、残りは友人(17.6%)や家族(13.9%)などに相談している[54]。

自殺の是非については「生死の判断は最終的に本人にまかせるべき」という問いに「そう思う」もしくは「ややそう思う」と答えた人は35.3%で、「そう思わない」もしくは「ややそう思わない」は41.7%であった(残りは分からない(11.9%)もしくは無回答(11.1%))[54]。 また「自殺せずに生きていれば良いことがある」という問いに「そう思う」もしくは「ややそう思う」と答えた人は79.4%で、「そう思わない」もしくは「ややそう思わない」は6.1%であった
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2012年04月01日

「FEMEN」のメンバーが、トップレスでイスラム教社会の女性差別的な政策に抗議するデモを行った。シャリア(Sharia、イスラム法)に立ち向かうよう


パリ(Paris)中心部のトロカデロ(Trocadero)広場で3月31日、ウクライナの女性権利団体「FEMEN」のメンバーが、トップレスでイスラム教社会の女性差別的な政策に抗議するデモを行った。FEMENメンバーたちは、イスラム教の女性たちにシャリア(Sharia、イスラム法)に立ち向かうよう呼び掛けた

★シャリーア(アラビア語: شريعة‎ Shari'a)は、イスラーム教における宗教に基づく法体系[1]。非ムスリムからはイスラーム法、イスラーム聖法などとも呼ばれる。日本語では、渡り音挿入の規則に従い、シャリーヤ、シャリヤ[2]と呼ばれることもある。

シャリーアは宗教によって定められる法ではあるが、その内容は宗教的規定にとどまらず民法、刑法、訴訟法、行政法、支配者論、国家論、国際法(スィヤル)、戦争法にまでおよぶ幅広いものである。シャリーアのうち主に宗教に関わる部分をイバーダート(儀礼的規範)、世俗的生活に関わる部分をムアーマラート(法的規範)と称する。

イバーダートは個々人と神との関係を規定した垂直的な規範、ムアーマラートは社会における諸個人間の関係を規定した水平的な規範と位置づけられる。 また、ウンマ(イスラーム共同体)は、伝統的イスラームにおいてこのシャリーアの理念の地上的表現としての意味を持つとされる。

このように経典が六法全書と国際法を合わせたような性格を持つようになったのは教祖であるムハマンド自身が軍の指揮官であり国家元首であったことが大きく関わっている。そのためシャリーアはキリスト教の教会法のように後の時代に出来たものではなくイスラム教が発足した初期からのものである。

法源

主な法源(ウスール・ル=フィクフ)は、
1.クルアーン
2.預言者の言行(スンナ、それを知るために用いられるのがハディース)
3.合意(イジュマー)
4.類推(キヤース)

の4つ

学派によって違いがあるが、基本的にはこれら諸法源に基づいて、イスラーム国家の運営からムスリム諸個人の行為にいたるまでの広範な法解釈が行われる。法的文言のかたちをとった法源がなく、多様な解釈の可能性があるため、すべての法規定を集大成した「シャリーア法典」のようなものは存在しない。

一般に、上記4法源のうち上にあるものがより優先される。すなわちクルアーンによる法的判断が最優先され、クルアーンのみで判断ができない場合にスンナが参照され、スンナでも判断ができない場合にイジュマーやキヤースが行われる。ただし学派によってはイジュマーやキヤースを認めなかったり、その方法および効力に一定の制限を加えている場合もある。

なお、シーア派法学では一般にイマームのみがシャリーアを正しく解釈する能力を持つとされ、法学者を含む一般信徒による解釈より上位にある。そのためシーア派法学では歴代イマームの言行も重要な法源(ハディース)として扱われる。

実際の裁判においては、過去の判例や法学者の見解(ファトワー)、条理なども補助法源として用いられている。

運用上の特徴

運用にあたっては属人主義による。すなわちムスリムであれば世界のどこへ行ってもシャリーアが適用される(ただしハナフィー学派のみは別解釈をとる)。一方、非ムスリムであれば、たとえイスラーム圏(ダール・アル=イスラーム)に滞在・居住していたとしても、直接にシャリーアを適用されることはない。ただ、非ムスリムとムスリムの間に生じた何らかの関係や問題についてシャリーアが適用されることはある。

またシャリーアはイスラーム圏における非ムスリムの地位についての規定を含む。このようにイスラームにおける国際法とはムスリムと非ムスリムとの間の関係に関する法であり、国家間の関係に関する法であるヨーロッパ的な国際法とは位置付けが異なる。

シャリーア運用上のもうひとつの特徴は客観主義である。すなわち行為者の意思よりもその行為の外形に注目して判定を下す。これは、ある人間の意思を正確に忖度することは神にしかできないという考えによる。たとえば、過失によって人を死に至らしめた場合は殺人罪となる。

運用上の実例

サウジアラビアでは憲法はクルアーンおよびスンナであると明文化されている。

マレーシアではムスリムのみ飲酒を罰する法律があり、飲酒を行うとカーディー裁判により罰金と鞭打ち刑が科される。非ムスリムは処罰されない。しかし、起訴される事例は極めて少なく死文法に近くなっている。

豚肉などハラームとなる食品などの販売を行う店も非ムスリムが非ムスリム向けに営業している場合には消費者保護法(ハラーム製品の輸入製造販売を禁止する法律)が適用されない場合がある。

ムスリム同士であっても宗派によって法律が異なることが多い。ワッハーブ派が主体のサウジアラビアの法体系においてもシーア派住民は法務省の下位機関であるシーア派裁判所でシーア派の法律による裁判権が認められている。

ただし、シーア派に認められているのは24条の刑法と婚姻、遺産相続、ワクフのみであり、ワッハーブ派住民とシーア派住民の間で訴訟になった場合にはワッハーブ派の法が優先される。このように一国に複数の法体系による複数の裁判所が存在すると言う複雑な司法形態になっている国もある。

基本的に加害者がムスリム以外であっても被害者がムスリムの場合にはシャリーアが適用される。逆に被害者が非ムスリムで加害者がムスリムの場合、欧米法において犯罪行為であってもシャリーアにおいて正当行為であれば無罪となることが多い。

鞭打ち刑など過酷なシャーリアの刑罰が行われると世俗派や他の宗教、欧米諸国からは非難されるが、保守派・厳格派のムスリムからは支持される。多くのイスラム教国で厳格な刑罰が存続している背景には厳格な適用を求める自国民からの支持がある。中東諸国では未だに厳格な運用を求める国民が多いため、シャリーアの体制が維持されている。

世俗法との関係

かつてムスリムの間ではシャリーアは人間ではなく神が定めた絶対の掟であり、人間としての正しい生き方を具体的に示すものと広く見做された。したがって現在でも保守派ムスリムの間ではシャリーアは全てのムスリムが守るべき普遍的規範であり、その意味でシャリーアへの服従はイスラームへの信仰と同義であるという主張が強い。しかし今日においてはトルコを含む東欧、そしてその他の地域の移民ムスリムを中心にシャリーアの人権侵害性などを批判し、世俗法を擁護する者も少なくない。

近代以前のイスラーム世界では建前としてはシャリーアが法体系の根幹とされたが、現実には支配者の定めた世俗法(カーヌーン)や地方的慣習(アーダ、またはウルフ。例としてはアフガニスタンのパシュトゥーン人たちの間で用いられるパシュトゥーンワーリ即ちパシュトゥーン掟など)も広く併用されていた。近代に入ると西洋法系の流入によりシャリーアの運用範囲が狭められ、その権威は一時期大きく低下した。

現在イスラム圏でもアルバニアやトルコなどでは政教分離が確立し、シャリーアは廃止された。他のイスラム圏でもレバノン、シリアなど比較的リベラルな国では家族法などの一部に名残を留めているだけである。

しかしサウジアラビア、イラン、アフガニスタンを初めとする国では未だにシャリーア、若しくはシャリーアの強い影響下にある世俗法・憲法による統治が行われており、人権侵害が厳しく批判されている。また、エジプトなどのように政治・法制で一定程度の世俗化が進んでいるが、シャリーアを憲法で主要法源とするなど、イスラーム国家的な側面をも保持している中間的な国家も少なくない。

グローバル化の進んだ現在、イスラム文化圏以外の国の刑務所などでムスリム同士でも厳格派と世俗派の間でシャリーアの解釈を巡り衝突が起こるといった例が増加している。

シャリーアにおける人権侵害

人権思想の観点からは、シャリーアの人権軽視的性格として以下に挙げるようなことが指摘されている。 注意しなければいけないのは、ムスリムの中にもシャリーアを批判する、もしくはその精神を評価しつつも下記の人権侵害を糾弾する者も多く存在しており、下記規定を無視するムスリムが地域によっては多数派を占めることがあることである。

棄教の禁止

前近代においてはほとんどの学派が、イスラーム法においてイスラームからの離脱は死刑に処されるべきとしてきた。ハナフィー学派のみは女性の改宗者の場合終身禁固とするべきとしている。近代においても、棄教への処罰を廃止しようとする改革派の解釈は浸透せず、保守派の解釈が今なお主流である。

棄教者への死刑は、預言者の言行録(ハディース)にある、ムハンマドが棄教者の殺害を命じたという記述に由来する[3]。同時にクルアーンでは「宗教に強制はあってはならない」としている[4]ため、棄教者ではなく、イスラームに改宗しない者へは本来寛容である。

ムスリムと非ムスリムとの婚姻に関する制限

イスラーム法上、ムスリム男性は啓典の民に属するユダヤ教徒・キリスト教徒女性と自由に結婚でき、また啓典の民に準ずる存在としてそれ以外の信仰を持つ女性とも結婚できるのが通例である。ただしこれはムスリム男性にそのような結婚が許されているというだけのことであり、現実には結婚に当たって改宗を求める男性も少なくない。

女性は非ムスリムとの婚姻は決して許されず、発覚した場合双方姦通として死刑である。ただし、これらの法規定も、現代にはそぐわないものとみなす改革派の解釈も存在している。

イスラム教国内での非ムスリムの自由・財産・生命の権利の制限

イスラーム法において、イスラームの統治する地域(ダール・アル=イスラーム)に居住する異教徒にはズィンミーとして一定の権利保障が与えられる。彼らは自身の宗教を保持することが許され、生命権や財産権も保障される。

しかしここで保障される「信仰の自由」は、近現代におけるそれに比べると制限の厳しいものである。ズィンミーは信仰の内面的保持(内心の自由)は完全に保障されているが、信仰の表明(宗教的な表現・結社の自由)に関しては厳しい制限があり、ムスリムの前で二等市民として控えめに振舞うことが要求されている。

具体的には、
教会の新築が原則禁止され、修理や増築にも制限がつくこと
宗教儀礼のうちいくつかはムスリムの感情を害するとして禁止されたこと、
自己の宗教的信条をムスリムの前であからさまに主張した場合、イスラーム・ムハンマドへの批判として死刑に処される場合があったこと

などがあげられる。

そのほかにも、ズィンミーはジズヤと呼ばれる特別の税金を支払わなければならず、時代・地域によっては衣服などに特別のしるしをつけさせられたり、馬への騎乗が禁止される場合もあった。またズィンミーの生命権も、ムスリムのそれより軽く見られることが多く、ハナフィー学派を除き、ズィンミーを殺したムスリムに死刑は科されない。

現在多くの国でズィンミー制は公式には廃止されているが、イスラーム国家を名乗るいくつかの国家では今なお非ムスリムへの差別政策が採られることもある。

女性の地位

前近代のイスラーム法において、女性は相続などで固有の権利を認められていたものの、男性に比べた場合その地位は一段低いものとなっていた。現代では、女性も男性同様の権利を有するべきとする改革派の解釈もかなりの程度広まっているが、国によってはなお保守的な解釈がなされる場合もあり、タリバーン政権などは女性を男性の所有物とみなし、その権利を著しく制限した。

女性のヴェール着用に関しては、イスラーム法上これを義務であるとする解釈が主流であったが、現代では必ずしも義務ではないとする解釈も一部で存在している。

婚外セックス

イスラーム法において、婚外セックスは犯罪とみなされており、石打ちによる死刑に処されるのが通例である。これは非イスラーム圏を中心として国際社会から厳しく批判されており、ムスリムの中にもこのような刑罰を時代に即さないと考えるものも少なくないが、イスラーム国家を掲げるイランやサウジアラビアなどでは現在でもこの法規定を遵守し、婚外セックスを行ったものへの処刑を行っている。

同性愛

前近代イスラーム社会には広く同性愛への寛容が見られたが、近代に入るとイスラーム法の同性愛禁止規定を厳格に施行すべきとする解釈が広まった。現在、多くのイスラーム法学者が同性愛を「逸脱」「汚らわしい行為」と見なしており、ただし、このような刑罰や同性愛者への迫害を時代錯誤とみなすムスリムも少なくない。

過酷な刑罰

シャリーアにおいては、盗みを犯した人物の腕や足を切断するなどのハッド刑、婚外セックス・同性愛・離教などに対する石打ちや斬首による公開処刑など、現代社会においては過酷とされる刑罰が存在している。そのためイランやサウジアラビアなど、シャリーアを国法として採用しているいくつかの国における刑罰は、国際社会から人権侵害として強い非難を受けている。

奴隷制度

シャリーアには奴隷に関する規定があり、奴隷制度自体を肯定している。 預言者ムハマンド自身が奴隷を所有していたこともあり、奴隷所有者を悪人と断ずればムハマンドが悪人だったことになってしまうため、現代でも奴隷制度を悪と明言されていない。このため、イスラム教国では奴隷制度の廃止はかなり遅く、最後に廃止されたモーリタニアでは1980年まで奴隷制度が存続していた。

ただし、奴隷解放を善行として奨励していることや、主人の死亡時点を持って奴隷身分から解放されるなど、欧米のような終身、子孫まで継続することはなく、奴隷の獲得数が減少するに伴い奴隷の人数も減少をたどり、耕作地と水資源の少ないアラビア半島では農奴制が発達しなかったことから、アラビア半島では16世紀には奴隷人口は極めて少なくなり、奴隷を所有できるのはごく一部の権力者のみとなり、実質的な意味合いとしての奴隷というのは部族外から雇用された雇い外国人のようなものとなり、欧米のような悲惨な扱いをされる者ではなく、高給優遇される者が大半をしめるようになった。

奴隷が軍人や官僚を占めるようになると奴隷が国を支配してしまう奴隷王朝が誕生するなど、奴隷が逆に高い身分になってしまうという逆転現象も起きている。 奴隷が部族地域における実質的な高級官僚となってしまったサウジアラビアでは1962年に奴隷制度の禁止を発令した時に部族解体政策が平行して行われていたこともあり、諸部族から強固に反対され、奴隷制度は憲法であるクルアーンで認められた物であると反論され妥協した結果、新規奴隷のみ禁止で既存の奴隷で希望者のみ奴隷の身分を継続してよいことになった。

このため、現在では奴隷といえば権力者の腹心という意味合いになり奴隷が高貴な身分となっている。アラビア半島社会で現代の実質的な奴隷は法制度上は自由民である外国人出稼ぎ労働者となっている。

また、ムハマンドが所有していた黒人奴隷のビン=ラバーフはイスラム教初期における聖人の一人であり、その直系子孫であるハバシー家の称号は「預言者ムハマンドの教友たる黒人奴隷」であり、黒人奴隷が高貴な家柄となっている。このような事情からアラブ社会では奴隷という言葉には欧米ほどネガティブなイメージはない。

イスラム社会で欧米的な農奴制が始まったのはエジプトがイスラムに征服されてナイル川流域の肥沃な土地が手に入って征服されたエジプト人が農奴となってからで、このシステムは西へと伝わって行きモーリタニアが最西端となっている。

気候的な事情からエジプトの農奴制がシイナ半島より東に逆流することはなかった。 アラビア半島では早い時期に奴隷売買そのものが縮小していったが、エジプトから東のアフリカ大陸北部地域を征服したイスラムはアフリカ大陸北部の住民を奴隷としてヨーロッパ人に売りさばき、その多くがアメリカ大陸へ輸出されていった。このため、イスラム教国でもシナイ半島を境に奴隷制度そのものが大きく異なる。

宗教警察

イスラム教国にはムタワと呼ばれる宗教警察があり、彼等は治安維持を行う警察とは別にイスラムにおける道徳を守ることを目的として活動している。 厳格派ではイスラムにおける勧善懲悪の実施を掲げており、これが人権侵害となる事例が多くあり、時にはタリバンのような破壊活動にまで発展する。

☆雑感
人は本来自由で在るべきである。
posted by kiselife at 20:53| Comment(0) | 慣習 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする